アジアの通商ネットワークと社会秩序

班長 籠谷 直人

アジアの通商ネットワークと社会秩序

主権国家の形成が、近代人の目標であったとするならば、そうした国家形成との関わりの薄い、あるいは国家の後援をうけない経済主体は、歴史学からは看過される傾向にあった。そして、主権国家システムが、「温帯」で創造されたものであるとすれば、「熱帯」における人々の営為も、歴史学からは看過されてきたと考えられる。

しかしながら世界人口の過半は、この熱帯に居住している。そして、近年の歴史学研究は、熱帯に住む人々のなかに、世界の様々な地域から移動してきた移民が多く存在していることに注目しつつある。それでは、熱帯において、主権の後援を得ない主体は、どのような社会を形成していたのであろうか。本研究班は、熱帯の東南アジアを対象に、「移動」を「生存の戦略」に選び取った、華僑華人の動態に強い関心を払おうとしている。熱帯における生存の戦略を、歴史学から問い直したい。

検討の中心に据えたい資料は、ジャワで活動した華僑華人らの公文書類である。オランダは、16世紀末に東インド(現在のインドネシア)に到着する。そして東インド会社は、華僑・華人社会との関係を維持するために、彼らのなかから「カピタン」Kapitein(1830年代からは、マイヨールMajoor)を選び出した。そして、カピタンの補佐役になった華僑華人の官吏は、リウテナントLuitenantからセクレタリーSekretarisにいたるまで、多様な役職についた。華僑華人は、このようにして官僚組織になぞられた、自治組織たる「公館」Kong Koanを設置し、その生存基盤を作り上げたと考えられる。本研究班は、この公館が残した文書を通して、華僑・華人が、熱帯という自然環境や、植民地権力が創造した諸制度に対応して作り出した、社会秩序を議論してゆきたい。


班員
岩井茂樹、村上衛、山崎岳